新井CEOと考える「幸せと豊かさの最大化」。幸福学の視点から捉える、実現のために必要なこと。

- 新井 聡さん
大学卒業後の1988年に野村證券株式会社に入社、2022年の同社退任時は営業部門担当副社長。同年に野村不動産ホールディングスに入社、2023年より野村不動産ホールディングス株式会社 代表取締役社長・グループCEO 兼 サステナビリティ委員長。愛知県出身。学生時代は剣道部に在籍。最近はほぼ毎晩のお酒と月に3~4回のゴルフを楽しむ。
- 前野 隆司さん
武蔵野大学ウェルビーイング学部長、慶應義塾大学名誉教授。キヤノン株式会社でエンジニアとして勤務後、大学教員に転身。ロボットやAIの研究を経て、幸福学(ウェルビーイング)研究の第一人者となる。『幸せのメカニズム』など著書多数。
- 大畑 慎治さん(進行役)
サステナ博士。ソーシャルグッドを社会に実装することを目指し、新たな事業や市場を生み出す。早稲田大学ビジネススクールではソーシャルイノベーションのクラスを担当。O ltd. CEO、Makaira Art&Design 代表、THE SOCIAL GOOD ACADEMIA(ザ・ソーシャルグッドアカデミア) 代表、MAD SDGs プロデューサー。
2025年4月に、野村不動産グループは新たな経営計画を策定し、2030年ビジョンとしてまだ見ぬ、Life & Time Developerへー 幸せと豊かさを最大化するグループへ ーを公表しました。このビジョンで追加された、“幸せと豊かさを最大化”にはさまざまな想いが込められており、部長職を対象としたビジョン研修などを通じて、その思いや意義がグループ内に少しずつ広がり始めています。一方で「壮大すぎて、自分の仕事とどう繋がるのかピンとこない」「トップの真意をもっと深く知りたい」と感じている方も少なくないのではないでしょうか。
このテーマを深掘りするため、先日、8月に本社も移転したBLUE FRONT SHIBAURA(BFS)にて、ビジョンを掲げた新井グループCEOと幸福学研究の第一人者である前野隆司教授による特別対談が開催されました。会場での公開収録とオンライン配信には多くの社員が参加。このイベントは、「幸せと豊かさの最大化」というビジョンを社員一人ひとりが「自分ごと」として捉え、グループ全体でその実現に向けて進んでいくことをテーマに実施されました。

今回は、その対談の模様から、ビジョンに込められた新井グループCEOの想いから、それをどう企業経営に活かしていくのかというテーマまで、2回にわたってお届けします。
前編では、ビジョンに込められた新井グループCEOの想いを深掘りし、前野教授が提唱する「幸せの4つの因子」というフレームワークも交えながら、一見すると壮大なテーマに思える「幸せ」「自分ごと化」のヒントを探ります。
「つまり「幸せと豊かさ=ありがとう」?336人の本音が交錯したビジョン研修で部長・室長・店長たちが見つけたシンプルな指針」
なぜ今、「幸せと豊かさ」なのか? すべては"自分ごと"から始まる
大畑: 本日はよろしくお願いします。さっそくですが、新しい中長期経営計画で「まだ見ぬ、Life & Time Developerへ」に「幸せと豊かさを最大化するグループへ」が加わりました。この言葉に込めた思いや背景について、まずはお聞かせいただけますか。
新井: はい。「まだ見ぬ、Life & Time Developerへ」というビジョン、私はこれをすごくいいと思っています。ただ、会社を動かしていく主役は社員の方々なので、皆さんからすると、「まだ見ぬ、Life & Time Developerとは何をする会社なのか」が分かりにくい。自分ごととして捉えにくいと感じていました。

大畑: なるほど。「自分ごと」というのが一つのキーワードなのですね。
新井: そもそも社員一人ひとりは、自分も幸せになりたいし、お客さんも幸せにしたいし、社会も豊かにしていきたいという思いを持っているだろうと。そうすると、自分ごとにしていくという点で、社員の方たちが心のなかに秘めている想いを言葉にしないと、それは自分ごとにならない。どうすれば言葉になるだろうかと考えた時に、この「幸せと豊かさを最大化するグループ」という言葉を掲げた、という背景があります。

大畑: CEOが新たに考えたというよりは、社員の皆さんの心のなかにあるものを言語化した、ということでしょうか。
新井: そもそも皆さんがどんなことを心のなかに持っていて、どんなことを目指しているのかを表現したかった。一人一人がビジョンを自分ごとにしてもらうため、この言葉で表現したということです。
「最大化」が意味するもの―幸せは、まず自分から始まる
大畑: もう少し深掘りたいのですが、「幸せと豊かさの最大化」が対象とする範囲やお客さまは、どこまでをイメージされているのでしょうか。
新井: 僕自身は自己犠牲のもとに人を幸せにしようとは、なかなかそこまで思いが至らない。まず自分が幸せになりたいと思いますし、家族も幸せにしたい。お客さまが目の前にいればお客さまを幸せにしたいし、その先には取引先もあるかもしれない。そうして幸せにしたいと思う存在範囲を広げていきたいなと。幸せの範囲を広げていけば、社会全体も豊かにしていけるかもしれない。そうしたことを人が集まって働いているグループとしてできれば、そのグループはサステナブルだろうし。そうした「幸せ」や「豊かさ」が、だんだん広がっていくかなという意味で、この「最大化」という表現をしています。
大畑: 前野教授、専門家の視点から見て、企業が理念に「幸せ」という言葉を掲げることの効果は、どのようにお考えですか。

前野教授: 素晴らしいですね。私がさまざまな会社を見てきたなかで、やはり理念に「幸せ」という言葉を掲げている会社は、実際に幸せになっていくのです。これはもう、社員も社会も幸せにするぞ、という宣言ですから。掲げることで皆が意識するようになります。非常に楽しみですね。
「幸せ」・「豊かさ」を見つめる、4つのヒント
大畑: とはいえ、「幸せ」あるいは「豊かさ」という言葉は非常に壮大で、捉えどころがないと感じる人もいるかと思います。幸福学がご専門の前野教授、そもそも「幸せ」とは、どのように分解して考えることができるのでしょうか。
前野:「幸せ」にはたくさんの要因がありますが、それらを統計的な手法でまとめると、実は4つの因子に集約されます。
「やってみよう因子(自己実現と成長)」 「ありがとう因子(つながりと感謝)」 「 なんとかなる因子(前向きと楽観)」、そして 「ありのままに因子(独立と自分らしさ)」の4つです。

前野: この4つをバランスよく満たした人が幸せだということが、分析の結果から分かっています。特に大事なのが最初の2つ、「やってみよう因子」と「ありがとう因子」です。この2つがないと、人は不幸せな状態に陥りやすいです。
新井グループCEOを構成する「幸せの因子」とは?
大畑: 前野教授から、4つの因子をご説明いただいたところで、新井さんご自身のお考えを、前野教授に聞いていただくスタイルで、深ぼってみたいと思います。
前野:ではまず、「やってみよう因子」から。新井社長が仕事でやりがいを感じるのはどんなときですか?
新井:私は飽きっぽい性格なんです。若いときからそう自覚しています。好奇心旺盛で、何か新しいことを知れたり、そこに習熟して、それを使って何かを実現していく過程にやりがいを感じます。仕事をしながら毎日自分が知らないことを知れて、それが何か活かしていけるというのは、すごく喜びを感じます。
前野:なるほど。今のお話だけで、新井社長が幸せの条件を満たしていることがよく分かります。好奇心で新しいことにチャレンジするというのは「なんとかなる因子」ですし、それによって自分が成長して個性が伸びていくというのは「ありのままに因子」も高まるということです。今の質問だけで、3つの因子をバランスよく満たす生き方をされているなと思いました。となると、やはり2つ目の「ありがとう因子」が気になりますね。新井社長が心から人のために貢献したいなと思っている時は、どんな時ですか?
新井:とにかく普段はできるだけニコニコしていようと意識しています。その方が周りの人もその方が心地よいでしょう。自分がニコニコすることで、周りの人もニコニコしてもらえるような雰囲気というか、環境を作りたいと思い心がけています。

そして、何事にもありがたいと思う心を大切にしています。社内の仲間はもちろん、私たちの事業を支えてくださるお客さまやお取引先様の存在があるからこそ、自分たちの今がある。この感謝の気持ちは、私が40代で支店長を務めていた頃からの信条でもあります。当時、部署の皆で合言葉にしていたのは、「お客さまを知る」、「お客さまに喜んでもらう」、そして「お客さまに感謝する」ということ。僕はこの3つを、今も変わらず大切にしています。
大畑:新井CEO、前野教授ありがとうございました。このような形で、幸せの因子も使いながら、社員の皆さんもそれぞれの幸せを言語化できると、じゃあ仕事でどう活かそう、どこにモチベーションがあるんだろう?といったコミュニケーションも生まれるかもしれませんね。

前編では、新井グループCEOがなぜ「幸せと豊かさの最大化」という言葉をビジョンに掲げたのか、その根底にある「社員一人ひとりの想いを言語化したい」という動機に迫りました。また、前野教授が提唱する「幸せの4因子」の解説では、新井グループCEO自身の「幸せ」に関する考え方を垣間見ることが出来ました。
後編では、このビジョンをどう経営に活かし、1万人を超える組織を動かしていくのか。経営者としての新井さんの視点から、具体的な課題と未来への展望を深掘りします。