宮崎のブドウ畑と牧場で出会った 人も動物も環境も幸せになる、ストレスフリーな農業

都農ワイン・本部農場のサムネイル

私たちは日々、当たり前のように何かを食べ、飲んで生きています。口にするそのひとつひとつは、どこかで生産されたもの。食と一言で言っても、その種類は無数にありますが、なかでも今回はある「飲み物」に焦点を当てます。

みんつな編集部が訪れたのは、宮崎県の都農町にある「都農(つの)ワイン」と新富町にある「本部(ほんぶ)農場」。ここでワインと牛乳を生産する農家さんたちは、自然と地域とつながり寄り添いながら、常識にとらわれない前衛的な方法で農業と向き合っています。

まちの人も動物も虫も微生物も……みんなが幸せになる農業の可能性、食の未来をともに考えていきましょう。

ワインづくりは、土づくりから。ワイン不適合地から生み出す「チキン南蛮に合うワイン」

ワインには悠久の歴史が刻まれている──ブドウ畑が広がる敷地内を歩きながら、「都農ワイン」の社長・赤尾誠二さんはそんな言葉を口にしました。赤尾さんの奥にあるのは、大きな溶岩の塊。それは、1500万年前に海にあった山の噴火口が噴火して飛んできたものだそうです。

都農ワインの赤尾さん

赤尾さん:「かつては、山が連なり海までつながっていました。ここでつくったワインからは、火山灰の恩恵、そして海の恩恵が感じ取れます。ブドウやワインを語るには、地形や地質といった『ジオストーリー』が欠かせないのです」

都農ワインのワイン農園

雨と台風が多く、ブドウ栽培には「日本一不適地」とも言われる宮崎県の都農町。この地で、都農ワインは、ブドウづくりから自社で手掛けたワインづくりを始めました。1996年からワインの販売をスタートし、販売開始後まもなく、「幻のワイン」と言われるまでになりました。

都農ワインのシャルドネワイン
ロゼワインからはイチゴの香り、シャルドネからはまるでパイナップルやアプリコットのような香りが漂ってきます

そんな都農ワインの特徴は、口いっぱいに広がる芳醇なフルーツの香り。そうしたワインの味わいは、ここでしかつくれない「その地ならでは」だと赤尾さんは言います。

赤尾さん:「ワインの味を最も左右するのが、土質。火山灰が混じった僕たちの土は水よりも軽くてふわふわで、触っても土が手に付きません。

反対に、ヨーロッパの土は重い。そこで育ったブドウのワインは、色が濃くて渋みが強いフルボディになります。同様に、ヨーロッパの重い土壌で育った野菜や牧草もフルボディ。だから、それを食べる牛の肉も牛乳も濃くなり、パンチのきいたチーズができるんです。

つまり、ある大地で育った食べ物は、同じ大地で育ったものと相性が良くなります。日本のワインは海外のワインより味が薄いけれど、僕たちの大地で育ったタケノコや山菜の天ぷら、近郊の魚、チキン南蛮と良く合うんです」

タイミングは月の満ち欠けが教えてくれる。自然の営みが中心にある農業

ワインの味を大きく左右する土づくりは簡単ではなかったそう。赤尾さんは、毎日欠かさず畑に通い続け、生育状態の記録から肥料づくりまで、日々試行錯誤を重ねてきたと言います。

「業界の常識や既存のやり方にとらわれず、とにかくやってみる」そんな気持ちで、挑戦を続けてきた赤尾さんは、ワインの貯蔵庫のなかからあるものを出してきてくれました。

それは、長い巻物のような紙。大きな机の隅から隅まであるそれは、ブドウ栽培の記録でした。日付や観察日記、写真。その上には、「月の満ち欠け」が記録されています。

赤尾さんが残してきたブドウ栽培の記録
2015年のブドウ栽培の記録。翌年に向けた課題やコメントに写真、月の満ち欠けが記録されている

赤尾さん:「昔から、天体の動きは農作業に欠かせないものとして大事にされていたそうです。たとえば、一粒万倍日は、月の引力が関係していて、昔の人たちは、『この日に種を蒔くと万倍とれる』といい、その日を最適な種まきのタイミングとしていました。少しでもずれると作物は病気になりやすく、良い花ではなくなってしまうそうです。

そうした生態系のサイクルも一つの指標になると思い、参考にし始めました。たとえば、大潮の時期は虫が発生しやすいため、農薬を撒くのに効果的なタイミングです。一方で、微生物による分解が進みやすい小潮の時期は肥料を仕込むのに適しています。

都農ワインのワイン貯蔵庫にてブドウ栽培の記録を見せてもらっている様子

さらに、再現性を高めるために土壌の分析も続けています。グラフをみると、毎月土が動いていることがわかったので、根っこが一番動くタイミングの前に草を切ってみたり、肥料をやるタイミングを変えてみたり。より良い効果が得られるように土壌分析値を見てアプローチするようになりました」

都農ワインのブドウ畑
ブドウ農園を案内してくれた赤尾さん。トライアンドエラーを繰り返しながら、日々ブドウと向き合い続けている

都農ワインが始めた「人が喜ぶワインづくり」は、「地球が喜ぶワインづくり」にもつながっていました。より良いものづくりの未来を描いていくため、先人たちから学び、自らも新たなアイデアを取り入れ、研究を続けていく。過去と現在がつながり合い、未来へとつながっていく。それこそが、一次産業の面白さなのかもしれません。

ICTを活用し、牛たちが「鳴かない」環境づくりを

「ここにいる牛たちは鳴きません。人間の赤ちゃんが何かをして欲しい時に泣くように、牛たちも何かの要求がある時に鳴きます。つまり、安心して満たされているときには牛は鳴かないのです」

都農町から車で約30分。自然豊かで畜産が盛んな新富町にある「本部農場」で、本部会長はそう教えてくれました。酪農を中心に行うこの農場のモットーは、「牛にも働く人にもやさしい」こと。ストレスのない環境で牛たちを育てることが高品質な牛乳の生産に繋がっている──そうした考えのもと、本部農場の牛たちは、牛舎のなかで自由に食べ、動き回っています。

そんなストレスフリーな環境づくりのため、本部農場が行っているのが、ICTやロボットの導入。たとえば、牛舎内の温度・湿度・風速を自動で均一にすることで、快適な環境を保つシステム、自動搾乳・哺乳ロボットに、牛の目の前に自動で餌を集めてくれるロボットなど、最新技術を積極的に取り入れ、牛たちが「鳴かない」環境をつくってきたそうです。

本部農場の牛

さらに、機械の導入によって作業が効率化されたことは、スタッフの労働環境の改善、働きやすさにもつながっていると言います。重労働になりがちな酪農業界の未来を変えるべく、本部農場は時代に沿った新たな挑戦を続けてきたのでした。

人にも動物にも地球にもやさしい。酪農業界の未来を変えるバイオマス発電

そうした挑戦の一つに、2020年に導入を開始した、牛糞で発電させるバイオマスプラントがあります。それは、牛の糞という「廃棄物」からエネルギーと肥料を生み出し、地域内で循環させるバイオマスプラント。製作した、バイオマスリサーチ株式会社の代表取締役社長・菊池貞雄さんと宮崎支店・川野支店長が、農場内を案内してくれました。

本部農場のバイオマスプラント
本部農場のバイオマスプラント。まず糞尿や食品残渣を発酵槽(メタン発酵タンク)に投入し、嫌気性微生物(酸素を嫌う菌)が糞尿を分解する。この過程で発生したメタンガスを燃焼させることで発電が行われる。発酵時に出てくる藁は牛舎の敷材に、消化液は液肥として農地に還元されている。

菊池さん:「バイオマスプラントの多くは、海外製部品で海外プラントが設計したものです。一方、私たちは農業者に合わせて自社設計を行い、95%を国内部品で構成しています。そのうちの60%以上は、九州の事業者によって生産されているんです。

地域の人が建設し、修理できるように、私たちが設計デザインを行いますが、導入後は基本的に地元の工務店にお任せするようにしています。モノもヒトも地域のなかで循環していける仕組みづくりを目指して、バイオマスプラントの普及に取り組んでいます」

バイオマスリサーチ株式会社の菊池さんによる説明の様子
バイオマスリサーチ株式会社の菊池さん。北海道を中心に全国にバイオマスプラントを通した地域創生を目指している。

実は、50年以上前にドイツでバイオマス発電を見て以来、本部農場での導入を夢見てきたという本部会長。導入を始めて約5年が経った今、どのように感じているのでしょうか。

本部会長:「バイオマス発電を実際に導入してみて、上手くいかないこともありますが、同時にさまざまな営農的効果も実感しています。たとえば、発電の際に糞を発酵させた後に出てくる藁を乾燥させて牛舎の下に敷く敷料として使ったり、出てきた消化液(液肥)を飼料生産に活用したりすることで、購入にかかる費用が削減され、大幅にコストを抑えられるようになりました。

さらに、これまで手作業で行っていた250頭近くの牛の糞の堆肥化の切り返し作業が不要になり、スタッフの過剰労働が解消できるようになりました。発酵させた藁のおかげか牛の病気も減り、健康になっているのも感じています」

本部農場の会長による説明の様子
牛舎で説明してくださった本部会長。もっているのは、藁とビタミンなどを混ぜた牛の餌

初期投資の費用の高さや一定数の牛が必要など、まだまだ導入のハードルが高い最新機械やバイオマス発電。そうした課題がありながら、エネルギーの自給自足に加え、資源の循環やコスト削減、人と牛の健康促進といった効果をもたらしていました。

「牛が鳴かないように」目の前の牛への想いは、持続可能な農業への道を切り開いています。

もっといいものを。想いが紡ぐ、食の未来

業界は違えど、共にトライアンドエラーを繰り返し、より良い農業のあり方を探ってきた都農ワインと本部農場。共通するのは、ブドウや牛、人などの目の前の存在への敬意と、「より良い」を求め続ける貪欲な姿勢、それから常識に捉われない柔軟な考え方でした。

そうした先にあったのが、人も動物も地球環境も喜ぶ農業。すべてのいのちが幸せな環境で生産されたワインや牛乳、そしてすべての生産物を選んでいくことは、未来に続く農業を後押しすることにつながっていくのかもしれません。

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